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明治の学制より中津川の教育【中津川市本町】

明治の学制より中津川の教育

人づくりはまちづくり
明治初期、全国でもいち早く取り入れた近代学校制度の教育を受けた人々によって、その後の窮地を乗り越えた中津川。その歴史を紹介する企画展「中津川の明治時代 情熱を注いだ学校教育から地域の発展へ」が1日、中津川市本町の同市中山道歴史資料館でスタート。六斎市のあす3日は無料開放され、午前10時30分からと午後1時からの2回、安藤嘉之館長の解説が行われます。中津川宿では幕末から寺子屋教育に力を入れ、日本初の近代学校制度が発布された明治5(1872)年8月直後、平田門人の有志らにより、学問所・時習館を開設。明治7(1874)年7月には小学校の正則による興風義校が開かれ、加減乗除・立方根から国際法まで教える、高度な教育が行われていました。
その後中津川宿は、鉄道の普及で中山道の往来が激減し窮地に立たされますが、明治35(1902)年の中央線開通に前後して信勝社勝野製糸、中央製紙などの大企業が相次いで操業を開始。復興を支えたのは、時習館・興風義校で学んだ人々でした。
同展では「民衆が安心して豊かな生活を営むことができる社会の実現」を目指してきた中津川の教育史を紹介。「往来物」といわれた教科書など、興味深い資料を多数展示しています。問い合わせはTEL.0573(66)6888。

写真は、アフリカを地図とピラミッドなどの絵で紹介する興風義校の教科書

恵峰HN (2016年4月 2日 10:00)|| トラックバック(0)

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